イギリスで長期滞在や移住を検討するなら、現地の医療制度について理解しておくことは不可欠です。この記事では、イギリスの公的医療サービス「NHS」の仕組み、登録方法、民間保険の必要性、留学生やビザ保有者向けの対策まで、実生活に役立つ医療情報をわかりやすく解説します。
イギリスの医療制度の全体像
イギリスでは、国民皆保険に近い形で整備されたNHS(National Health Service:国民保健サービス)が、医療制度の中心を担っています。原則的に、公的医療は無料または非常に低額で提供されており、長期滞在者にとっては安心できる医療インフラと言えます。
イギリスは「NHS(国民保健サービス)」中心の医療国家
イギリスの医療制度は、1948年に創設されたNHSによって構成されており、居住者であれば基本的な医療サービスを無料で受けられるのが大きな特徴です。NHSの運営は税金によって支えられており、以下のようなサービスが提供されています:
- GP(General Practitioner)=かかりつけ医への診療
- 必要に応じた専門医の紹介や病院での診察・治療
- 緊急医療(A&E)や出産・妊婦健診などのケア
- 長期的な慢性疾患の管理・定期診断
医療費の自己負担は基本的に不要ですが、一部例外として処方薬は定額負担(2025年現在は1品につき£9.90)となっています。
NHSの対象になる人とならない人
NHSは「居住者向け」の制度であり、誰でも無条件に使えるわけではありません。ビザの種類や滞在期間によって利用の可否が異なります。
対象者 | NHSの利用可否 | 補足 |
---|---|---|
永住権保持者(ILR) | 利用可 | 無制限に利用可能 |
長期ビザ保持者(6ヶ月以上) | 利用可 | ビザ申請時にIHS(Immigration Health Surcharge)を支払い済であることが条件 |
YMSビザ(ワーホリ) | 利用可 | 2年間のビザ期間にわたりNHSが利用可能。IHS支払い必須 |
学生ビザ | 利用可 | 6ヶ月以上の就学かつIHS支払い済であることが前提 |
観光客・短期滞在者(6ヶ月未満) | 原則利用不可 | NHSの対象外。私費診療または海外旅行保険の利用が必要 |
※ IHS(Immigration Health Surcharge)は、ビザ申請時に一括で支払う医療アクセス料であり、支払済であればNHSの通常サービスが利用可能となります。
イギリスで長期滞在を予定している方は、NHSを使えるかどうかをビザの種類・滞在期間で確認しておくことが重要です。短期渡航や観光での医療利用は原則有料のため、渡航前に海外旅行保険への加入をおすすめします。
NHSサービスの利用方法と流れ
イギリスでNHS(国民保健サービス)を利用するには、居住者としてGP(General Practitioner=かかりつけ医)に登録することが基本のステップになります。ここでは、登録方法から診療の流れ、提供される主なサービス内容、そして実際の待ち時間や注意点までを詳しく解説します。
GP(かかりつけ医)の登録方法
NHSを通じた医療サービスを受けるには、まず自宅エリアにあるGP(General Practice)クリニックへの登録が必要です。
登録時に必要なもの
登録時には以下の書類や情報が求められることが多く、クリニックによって多少の差があります:
- 身分証明書(パスポート)
- ビザ(BRPカードなど)
- 現住所の証明(Utility BillやTenancy Agreementなど)
- NHSナンバー(すでに付与されている場合)
多くのGPではオンライン登録にも対応しており、NHS公式サイトやクリニックのウェブページから手続きが可能です。
登録後の診療の流れ
- 初回登録後、必要に応じて健康チェックを受けることも
- 体調不良時はまずGPに電話 or オンラインで予約
- GPでの診察の結果、必要であれば専門医への紹介(Referral)
- 専門医との診察は病院で受ける/紹介状が必要
※ イギリスでは直接病院に行くのではなく、GPを通して紹介を受けるのが基本的な流れです。
NHSで受けられる主なサービス
NHSでは、以下のような医療サービスが公費で提供されています(一部を除き無料):
- GPでの一般診療
- 必要に応じた専門医の紹介
- 血液検査、画像診断(X線・MRI)
- 出産・妊婦健診・産後ケア
- 緊急医療(A&E=Accident & Emergency)
- 精神保健サービスやカウンセリング(条件あり)
NHSでの処方薬の費用
イギリスでは、GPや病院から処方された薬は原則として一律料金(2025年現在は£9.90/件)で支払います。
- 18歳未満の子ども、妊婦、特定の病気を持つ患者などは免除対象になる場合もあります。
- 処方が複数ある場合、それぞれに£9.90が加算されます。
混雑と待ち時間の現状
NHSの最大の課題として挙げられるのが、待機時間の長さです。
- GPの予約が1〜2週間後になるケースも珍しくない
- 専門医の診察まで数週間〜数ヶ月かかることもある
- 急ぎの検査・手術は緊急度や症状に応じて優先順位がつけられる
軽度な症状におすすめの代替手段
- 薬局(Pharmacy):風邪、皮膚炎、軽い胃腸炎などは薬剤師が相談に応じ、処方箋なしでも薬が購入可能
- ウォークインセンター(Walk-in Centre):予約不要で利用できる公的医療施設。軽症〜中等症に対応
NHSは制度として非常に充実していますが、予約・待機のストレスを軽減するには、早めのGP登録と、状況に応じた選択肢の使い分けが重要です。イギリスでの安心した生活のために、医療体制の基本をしっかり押さえておきましょう。
民間医療保険(Private Health Insurance)は必要?
イギリスでは、NHS(国民保健サービス)によって医療費が基本的に無料で提供されているものの、待機時間の長さやサービス範囲の制限から、民間医療保険(Private Health Insurance)を検討する人も少なくありません。特に外国人滞在者や短期ビザ保持者にとっては、NHSに加えた保険加入が安心材料となる場面があります。
NHSだけではカバーしきれない場面
NHSは「無料で広範囲な医療」を提供する優れた制度ですが、以下のような点で限界があります:
- 専門医への紹介待ちが長期化することが多い(数週間〜数ヶ月)
- 自由に医師や病院を選ぶことができない
- 入院しても個室が選べない場合が多い
- 通訳・日本語対応医がいない(英語対応が基本)
こうした場合、民間医療保険に加入することで、より迅速かつ柔軟な医療サービスを受けられるようになります。
加入すべき人の例
以下のような方は、民間医療保険の加入を検討する価値があります。
- 短期滞在者(6ヶ月未満)
→ NHSの対象外となるため、医療費は全額自己負担。保険加入で補償を確保 - 高齢者や家族帯同での渡航者
→ 万一の高額医療費に備えた補償が必要になる場合あり - 日系クリニック・私立病院の利用を希望する人
→ NHSでは受けられない日本語対応医療や自由診療を希望するケース - NHSの待機が不安で、スピーディな対応を求める人
→ 予約の取りやすい民間診療へのアクセス確保が目的
主な民間保険の種類と比較
保険会社名 | 対象者 | 月額目安 | 補償内容 | 特徴 |
---|---|---|---|---|
Bupa UK | 永住者・短期滞在者 | £60〜 | 入院、通院、セカンドオピニオンなど | イギリス国内大手。ネットワークが広く信頼性が高い |
AXA Health | ビジネス層・留学生向け | £50〜 | 専門医へのアクセス、早期診療 | オンライン診療や予約が可能。柔軟な補償設計 |
日本の海外旅行保険(例:東京海上、AIG、ジェイアイ) | 渡航者(観光・短期滞在) | ¥10,000〜/月 | 緊急医療、通訳サービス、医療搬送 | 日本語対応、キャッシュレス診療対応で安心感が強い |
NHSだけでは不十分と感じる場面がある一方で、民間医療保険を補完的に活用することで、より安心かつ快適な医療環境が整います。自身の滞在期間、健康状態、言語力、希望する医療レベルに応じて、民間保険の加入を検討してみましょう。
留学生・ビザ保持者向けの保険事情
イギリスに長期滞在する際、ビザの種類によって医療保険の扱いが異なります。特に学生ビザやYMS(ワーキングホリデー)ビザで渡航する人は、「IHS(Immigration Health Surcharge)」の支払いが必要であり、これによってNHS(国民保健サービス)を自由に利用できるようになります。一方で、短期留学や語学研修では補償が不十分なケースもあり、追加の民間保険を検討することが推奨されます。
IHS(Immigration Health Surcharge)とは?
IHS(移民健康サーチャージ)は、イギリスの長期ビザ申請時に支払う医療アクセス料です。これを支払うことで、NHSの一般診療・専門診療・出産・救急などの公的医療サービスを無料で利用できるようになります。
- 対象ビザ:
- 学生ビザ(Student visa)
- YMSビザ(Youth Mobility Scheme)
- Skilled Workerビザなどの就労系ビザ
- 費用:
- 1年あたり £776(2025年現在)
- 通常、ビザ申請時に年数分を一括で支払う(例:2年ビザの場合は£1,552)
- 利用範囲:
- GP(かかりつけ医)登録
- NHSの病院診療・救急医療
- 出産・検査・手術などもカバー
※ 処方薬は定額支払い(£9.90/件)、歯科や眼科は別途料金がかかる場合あり
短期留学・ワーホリ中に追加保険は必要?
たとえIHSによってNHSを利用できたとしても、以下のような理由から日本出発前に追加の医療保険に加入するケースが多くあります。
追加保険を検討すべき理由
- 英語での診療や医療手続きに不安がある
→ 民間保険で日本語通訳サービスや日系クリニックの利用が可能に - 歯科治療、眼科、緊急帰国、盗難などの補償がNHSではカバーされない
→ 海外旅行保険なら広範なリスクに対応 - 個室入院や早期診療など、NHSでは難しいサービスを受けたい
→ 保険によってはプライベート病院の利用も可能
一般的な対応
- 渡航前に日本の海外旅行保険(例:東京海上、AIG、ジェイアイ)に加入
- 留学・ワーホリ向けプランで医療・携行品・生活トラブルを幅広くカバー
- 特に家族帯同・初めての海外生活の場合は精神的な安心にもつながる
短期〜中期の滞在でも、医療リスクや言語の壁を考慮すると、NHS+民間保険の併用がベストな選択肢になります。自分の滞在目的や健康状態に合わせて、最適な保険戦略を立てましょう。
医療制度に関する注意点と実践アドバイス
イギリスの医療制度は、NHSによって幅広くカバーされていますが、日本の医療文化とは異なる点も多く、戸惑うことがあります。ここでは、イギリスで医療サービスを受ける際に知っておきたい注意点と、渡航前にできる準備について紹介します。
病院は原則「予約制」/飛び込み不可のケースが多い
イギリスでは、病院やGP(かかりつけ医)への受診は原則「事前予約」が必要です。日本のように「体調が悪いから今すぐ病院へ行く」という感覚は通用せず、当日や翌日の予約が取れないことも珍しくありません。
特に注意したい点:
- GPの予約はオンラインまたは電話が基本。直接来院しても診てもらえないことがある
- 緊急時(意識障害や重大な外傷など)は「999(救急)」に連絡、またはA&E(Accident & Emergency)へ
- 軽症の場合は、薬局(Pharmacy)やウォークインセンター(予約不要クリニック)を利用する選択肢もある
日本の常識とは異なる制度に注意(紹介状が必須など)
イギリスでは、専門医や大病院を受診するには、かかりつけ医(GP)からの紹介状(Referral)が必要です。自由に医師や病院を選べるわけではなく、NHSのルートに沿って段階的に診療が進みます。
違いの一例:
- 皮膚科・婦人科・眼科なども直接受診はできず、まずGPを経由
- 自費でプライベート医療を受ける場合を除き、NHSではセカンドオピニオンも紹介を通じて行われる
- 同じ症状でも「様子を見ましょう」と言われるケースが多く、日本より診断・治療までのステップが長め
このため、慢性疾患の持病がある人や定期的な医療管理が必要な人は、渡航前に日本で準備しておくことが重要です。
医療英語の簡単なフレーズを準備しておくと安心
NHSでは基本的に英語での対応となるため、最低限の医療用語や説明フレーズを準備しておくと安心です。
たとえば:
- “I have a fever and sore throat.”(熱と喉の痛みがあります)
- “I need to see a doctor for my prescription.”(処方箋のために医師にかかりたいです)
- “I have a chronic condition.”(持病があります)
- “I feel dizzy and nauseous.”(めまいと吐き気があります)
また、医療英語カードや通訳アプリを使えるようにしておくと緊急時にも対応しやすくなります。日系の通訳サービスを提供している病院や保険会社もあるため、民間保険とあわせての活用もおすすめです。
イギリスでの医療は「慣れれば安心」ですが、日本との違いを理解せずに行動すると不便や不安につながる可能性があります。事前準備と柔軟な対応力を持って、安心して医療サービスを受けられるよう備えましょう。
日本語が通じる病院・クリニック(ロンドン中心)
イギリスでは医療機関の多くが英語対応ですが、英語に不安がある方や医療用語での意思疎通に自信がない方にとって、日本語対応の病院やクリニックは大きな安心材料となります。特にロンドンには、日本人や日本語対応スタッフのいる医療機関が複数存在します。
医療機関名 | 所在地 | サービス内容 | 対応言語 |
---|---|---|---|
ロンドン日本人医療センター | Holborn | 一般診療、健康診断、予防接種 | 日本語・英語 |
Japanese GP Clinic | Ealing | 内科、小児科、婦人科、ワクチン接種 | 日本語・英語 |
Bupa Cromwell Hospital | Kensington | 高級私立病院、各種検査・手術対応 | 英語(※通訳サービスあり) |
いずれも完全予約制のケースが多く、事前の問い合わせと予約をおすすめします。通訳対応の場合も、保険の有無や別料金の有無を確認しておくと安心です。
まとめ|NHSと民間保険のバランスを理解して、安心の医療体制を
イギリスでの生活を安心して送るためには、公的医療制度「NHS」の仕組みを理解しつつ、自分に合った民間医療保険の補完を考えることが重要です。
- NHSは原則無料で充実しているが、待機時間や柔軟性に制限あり
- 滞在期間・ビザの種類・医療に対する不安の有無に応じて、民間保険を検討
- 日本語で対応できる医療機関や、海外旅行保険の活用も安心材料になる
事前に情報を把握しておくことで、いざという時に焦らず対応できます。「自分に必要な医療はどこまで公的にカバーされるのか」「不安を感じる部分をどう補うか」を軸に、移住や長期滞在前に医療体制を整えておきましょう。


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