ドイツ移住や長期滞在を検討するうえで、現地の医療制度の仕組みを理解することはとても重要です。
この記事では、ドイツの公的医療保険(GKV)と私的医療保険(PKV)の違いや、外国人の保険加入義務、診療の受け方までを網羅的に解説します。
ドイツの医療制度の全体像
ドイツの医療制度は、「質の高い医療への公平なアクセス」を原則とした構造が整備されています。居住者は原則として全員が何らかの医療保険に加入することが法律で義務付けられており、制度全体が非常に安定しています。以下の特徴がその根幹を成しています。
「二本立て」制度:公的保険(GKV)と私的保険(PKV)
ドイツでは、医療保険制度が2本立てとなっており、公的医療保険(GKV:Gesetzliche Krankenversicherung)と私的医療保険(PKV:Private Krankenversicherung)のどちらかに加入します。
- 公的保険:所得連動型で大多数が加入。家族の扶養制度あり。
- 私的保険:高所得者や自営業者向け。サービスの自由度が高いが加入条件も厳格。
この2つの制度は基本的に選択制ではあるものの、収入や職業によって加入可能な選択肢が異なります。
国民皆保険に近い制度(保険未加入は原則違法)
ドイツでは「すべての人が医療保険に加入している状態」が法的に義務付けられており、保険未加入での生活は原則として認められていません。これはEU域内でも非常に厳格な管理体制といえます。
一度でもドイツ国内で医療保険に加入した経歴がある場合、以後も必ず何らかの形で保険に加入し続けることが求められます。
高い医療水準とアクセスの良さ
ドイツはヨーロッパの中でも医療水準が非常に高く、特に大学附属病院や専門クリニックの研究・技術レベルは世界でもトップクラスとされています。
また、都市部・地方を問わず医療機関へのアクセスが良好であり、救急体制や慢性疾患への長期サポート制度も充実しています。
公的医療保険(GKV)とは?
ドイツの公的医療保険(GKV:Gesetzliche Krankenversicherung)は、所得に応じた保険料をもとに運営されている国主導の社会保険制度です。原則として、ドイツに居住する人の大多数がこのGKVに加入しており、「国民皆保険」に近い制度を支えています。
GKVの基本的な仕組み
GKVは、ドイツ国内で働く従業員や学生、年金受給者などにとって基本的な保険選択肢となっています。保険料の計算とカバー範囲には以下のような特徴があります。
- 保険料は所得に比例(2025年時点で約14~15%)
- 上限あり(月額収入5,000〜6,000ユーロ程度で頭打ち)
- 保険料は雇用主と折半(労使で約半分ずつ負担)
- カバー範囲が広い
- 通院・入院・手術
- 医薬品・歯科治療・リハビリ
- 妊娠・出産・予防接種など
また、被保険者の配偶者や子どもが無償で扶養に入れる(家族保険)という点もGKVの大きな魅力のひとつです。
加入者の割合と社会的役割
ドイツでは約90%の人がGKVに加入しており、特に労働者・低中所得層・学生・高齢者にとっての「標準的な保険」となっています。加入は法律に基づいており、就職や留学時に自動的に対象となるケースもあります。
主な公的保険会社(Krankenkasse)
GKVは国営ではなく、約100以上の認可保険組合(Krankenkasse)によって運営されています。それぞれの組合は独立しており、サービス内容やカスタマーサポートに違いがあります。代表的な組合には以下のようなものがあります。
- AOK(Allgemeine Ortskrankenkasse)
地域密着型で、ドイツ国内でも加入者数が最多 - TK(Techniker Krankenkasse)
技術系職種に強く、近年は外国人へのサポートも充実 - DAK-Gesundheit
長年の実績と手厚い予防医療プログラムで評価
加入・切り替え方法と比較のポイント
GKVは、保険組合ごとに加入手続きが可能で、一定の条件下で他の組合へ切り替えることもできます。選ぶ際のポイントは以下の通りです:
- 保険料の差(追加負担率:Zusatzbeitrag)
- 英語対応の有無や外国人サポート
- オンライン診療・デジタルサービスの充実度
- 付加サービス(健康診断、妊婦サポートなど)
企業に就職した場合は、雇用契約時に指定がなければ自動的にAOKなど大手に加入されることが一般的ですが、自分で希望のKrankenkasseを選ぶことも可能です。
私的医療保険(PKV)とは?
ドイツの私的医療保険(PKV:Private Krankenversicherung)は、公的保険(GKV)とは異なる仕組みで運営される民間ベースの保険制度です。選択には一定の条件があり、誰でも自由に加入できるわけではありませんが、条件を満たす人にとっては、柔軟性と高品質な医療サービスを享受できる選択肢となります。
PKVの特徴
私的医療保険は、以下のような立場・条件の人に向いています。
- 自営業者やフリーランス
- GKVへの強制加入義務がないため、PKVを自由に選択可能
- 高収入の会社員
- 年収が一定額(2025年時点で69,300ユーロ以上)を超えると、GKVの加入義務が外れ、PKVへの切り替えが可能
- 年齢が若く健康な人
- 保険料が比較的安く、コストパフォーマンスが高くなる
保険料は所得ではなく、年齢・健康状態・契約内容によって決まり、サービスレベルを細かくカスタマイズできるのが特徴です。
また、PKV加入者は以下のような優遇された医療サービスを受けられることが多くなります。
- 専門医への待ち時間が短縮
- 医師や病院の選択肢が広がる
- 個室入院や担当医師の指名が可能な契約も
メリット・デメリットの比較表
以下は、公的保険(GKV)と私的保険(PKV)の主な違いを整理した比較表です。
項目 | 公的保険(GKV) | 私的保険(PKV) |
---|---|---|
保険料 | 所得連動 | 年齢・健康状態による |
家族 | 無料で扶養可能 | 各自加入が必要(子ども含む) |
診療の優先度 | 一般 | 優先されやすい(専門医・入院等) |
保険料の上昇傾向 | 安定している | 年齢とともに上昇しやすい |
補足ポイント
- 一度PKVに加入すると、高齢になってからGKVへ戻るのが困難な場合があります。
- 家族全員分の保険料を個別に支払う必要があるため、扶養家族が多い場合は負担が重くなる可能性も。
- 医療費は一度自己負担し、後で保険会社に請求する「償還払い方式」が一般的です。
外国人の保険加入義務と選択肢
ドイツでは、すべての居住者に医療保険への加入が義務付けられており、外国人も例外ではありません。滞在目的や在留資格に応じて、加入できる保険の種類や加入義務の有無が異なります。以下に代表的な滞在ケースごとの対応を整理します。
滞在目的による加入条件の違い
就労ビザの場合
就労目的でドイツに滞在する場合、原則として公的医療保険(GKV)に加入する義務があります。
- 雇用契約を結んだ時点で、企業側が保険加入の手続きを代行するのが一般的
- 保険料は給与から自動的に天引きされ、雇用主と労働者が折半
- 配偶者や子どもも扶養としてGKVに無償で加入可能(条件あり)
自営業・フリーランスの場合
自営業者やフリーランスは、GKVとPKVのいずれにも加入可能ですが、選択には条件があります。
- GKVに加入するには、一定の条件や審査が必要(過去にGKV加入歴があるなど)
- 条件を満たさない場合は、私的保険(PKV)に加入する形が一般的
- PKVは年齢・健康状態によって保険料が大きく異なるため、選定時に注意が必要
学生ビザの場合
大学や語学学校への留学ビザを取得する学生は、学生用の公的保険(GKV)プランに加入可能です。
- 学生割引が適用され、保険料は月額約110ユーロ程度(2025年時点)
- 原則として30歳未満/大学在籍期間が上限(超えるとPKVへの切り替えが必要)
- 語学学校のみの学生は対象外になる場合もあり、私的保険に加入する必要がある
永住者(Niederlassungserlaubnis)・長期滞在者
永住許可を取得した外国人は、GKVを継続するか、PKVへ切り替えるかを選択可能です。
- 就労中であればそのままGKVを継続するのが一般的
- 高収入や自営業などの事情により、PKVへの変更も可能(ただし後戻りは困難な場合あり)
診療の受け方と医療機関の種類
ドイツで医療サービスを受ける際には、医療機関の役割分担と診療の流れを理解しておくことが大切です。日本と似た部分もありますが、かかりつけ医の位置づけや専門医へのアクセス方法など、独自のルールもあります。
医療機関の種類
Hausarzt(かかりつけ医)
- ドイツでは、多くの人がHausarzt(ハウスアルツ)=かかりつけ医を持っており、風邪や頭痛などの初期症状から、慢性疾患の管理まで幅広く対応します。
- まずはこのかかりつけ医を訪れるのが一般的な流れです。
- 必要に応じて、Facharzt(専門医)への紹介状を出してもらいます。
Facharzt(専門医)
- 内科、皮膚科、眼科、整形外科などの各専門分野の医師
- 基本的には、Hausarztからの紹介状がある場合に診察を受けるスタイル(紹介なしでも受診可能なケースあり)
- 特に公的保険(GKV)加入者は、紹介状がある方が予約が取りやすくなる傾向があります
Krankenhaus(病院)
- 入院、手術、救急対応が必要な際に利用
- 病院には「救急外来(Notaufnahme)」と「専門外来(Ambulanz)」があり、症状や必要な処置に応じて使い分けます
- 緊急時は救急車(112)で直接病院へ運ばれることもあります
実際の診療の流れ
- 予約・訪問
- 多くの診療所は事前予約制(オンラインや電話)
- 初診時は保険証(GKVの場合は電子カード)と本人確認書類が必要
- かかりつけ医の診察
- 初期診療の結果、必要に応じてFacharztへの紹介状(Überweisung)が発行されます
- 公的保険ではこの紹介状が重要な手続きの一部です
- 薬の処方と薬局(Apotheke)での受け取り
- 処方箋(Rezept)をもらい、Apotheke(アポテーケ)=薬局で受け取ります
- 一部の薬は自己負担あり(数ユーロ程度)
- 費用の支払い
- GKV加入者は診療費をその場で支払う必要は基本的にありません
- PKV加入者は一旦自己負担し、後で保険会社に請求する方式が一般的です
医療費と自己負担について
ドイツの医療制度では、基本的な医療サービスの大部分が保険でカバーされており、公的保険(GKV)加入者にとっては比較的安定した費用負担となっています。ただし、すべてが無料というわけではなく、一部の費用については自己負担が必要です。
原則7割~9割は保険でカバー
- 診療費、入院費、薬代などは、保険で7割〜9割程度カバーされます。
- GKV加入者は診察時に現金を支払う必要はなく、保険証を提示するだけで診療が受けられるのが基本です。
- 私的保険(PKV)加入者は一旦自己負担し、後日保険会社に請求する「償還方式」が一般的です。
自己負担が発生するケース
以下のような医療サービスや物品については、保険で全額がカバーされない場合があります。
- 薬代(処方薬)
- 一般的に1処方あたり5〜10ユーロ程度の自己負担が発生
- 眼鏡・コンタクトレンズ
- 原則として自己負担(視力が大きく低下している場合など、例外あり)
- 歯科治療(補綴物など)
- 基本診療は保険適用だが、高額なクラウン・インプラントなどは自己負担率が高い
- 選択制サービス
- 個室入院や指名医制度など、追加オプションには保険が適用されないことが多い
年間自己負担上限の仕組み(Belastungsgrenze)
ドイツの公的保険制度には、家計の経済状況に応じた「自己負担上限(Belastungsgrenze)」が設けられており、医療費が年収の2%(慢性疾患患者は1%)を超えた場合、それ以降は無料となります。
- 対象:医療費、薬代、治療補助具などの自己負担額
- 上限を超えた場合:証明書(Zuzahlungsbefreiung)を申請することで無料に
- 所得に応じて上限額が異なるため、低所得者ほど負担が軽減される仕組み
滞在前に加入すべき医療保険(渡航準備)
ドイツに中長期で滞在する場合、ビザ申請時点で有効な医療保険への加入が求められます。現地での公的・私的保険に加入するまでの「つなぎ」として、渡航前に準備すべき医療保険について理解しておきましょう。
ビザ申請時に必要な保険の条件
日本からビザを申請する際には、次のような条件を満たす「ドイツ対応の海外旅行保険」の加入証明を提出する必要があります。
- 最低補償額:30,000ユーロ以上
- 入院・緊急治療・搬送などに対応
- 有効期間が滞在予定期間全体をカバーしていること
- 英語またはドイツ語による保険証明書の提出が可能であること
このような保険は、日本の海外旅行保険とは異なり、長期滞在向け・ビザ要件対応の医療保険として設計されたものを選ぶ必要があります。
日本から加入できる代表的な保険会社
以下は、ドイツ当局のビザ要件を満たす医療保険を提供している代表的な保険会社です。目的や滞在期間に応じて比較検討しましょう。
【ドイツ拠点・オンライン加入可能】
- Care Concept(ケア・コンセプト)
- ドイツの私的保険会社。フリーランスビザや学生向けプランも充実
- 月額制・短期契約可能で、ビザ申請時に適した証明書発行も簡易
- HanseMerkur(ハンゼメルクア)
- ドイツの大手保険会社で、外国人滞在者向けプランを多数展開
- 年齢や目的別に保険料が設定されており、柔軟に選べるのが特徴
【日本国内の保険会社】
- 東京海上日動
- 長期留学・駐在員向けのプランがあり、出発前に加入・証明書発行が可能
- 万一の際に日本語での対応が可能で安心感がある
- AIU保険(現・AIG損保)
- グローバル対応の海外旅行保険として信頼性が高く、多目的型に対応
- 医療・救援・携行品損害まで幅広くカバー
最新情報と公式サイトの確認先
最新情報は公式サイトから確認してください。
内容 | 公式サイトリンク |
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ドイツ連邦保健省(BMG) | https://www.bundesgesundheitsministerium.de/ |
公的保険の比較サイト | https://www.krankenkassen.de/ |
ドイツ移民庁(BAMF) | https://www.bamf.de/ |
まとめ|ドイツの保険制度は「選択と理解」が鍵
ドイツでは誰もが医療保険への加入が義務付けられており、GKVとPKVの制度の違いを理解することが非常に重要です。移住や長期滞在を検討している場合は、滞在目的や収入、家族構成に応じて最適な保険を選ぶようにしましょう。

